大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

佐賀地方裁判所 平成10年(ワ)33号 判決 1999年5月11日

佐賀市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

平山泰士郎

東京都中央区<以下省略>

被告

光陽トラスト株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

淺井洋

主文

一  被告は、原告に対し、金一三二万円及びこれに対する平成九年一〇月一四日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告に委託し大豆等の商品先物取引を行っていた原告が、被告に対し手仕舞の指示を出したのに、被告社員がその指示に従わずに翌日に仕切ったことにより、前日との差額相当の損失を被ったとして、不法行為(民法七一五条または被告会社についての七〇九条)ないし債務不履行(民法四一五条)を理由に、被告に対し、右損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、商品取引法に基づき大豆等の商品につき商品取引市場における売買及び取引の受託等の業務を行っている株式会社であり、関門商品取引所等の商品取引員である。

2  原告は、平成九年四月、被告との間で、関門大豆の先物取引委託契約を締結し、取引を開始した。

3  原告は、平成九年一〇月一三日午前九時当時、関門大豆につき、売玉五〇枚(平成一〇年三月限)、買玉一一七枚(七二枚が平成一〇年三月限、四五枚が同年九月限)をそれぞれ建玉していた。

4  原告及びその代理人弁護士平山泰士郎は、同日、被告会社の社員Bに架電して、取引の決済を求め、同日は買玉一一七枚のみが決済され、翌一四日に売玉五〇枚が決済された。

5  原告がBに決済を指示した時点では、バイカイ付出しの方法により全部手仕舞をすることは一〇〇パーセント可能であった。

二  争点

1  原告は被告に対し全部手仕舞の指示をしたか。

2  損害

3  相殺の抗弁

三  争点についての当事者の主張

1  手仕舞の指示について

(一) 原告

原告は、平成九年一〇月一三日午前一〇時ころに、被告社員のBに対し、全部手仕舞の指示をしたのに、Bは「ストップ高だから売玉は切れるとは限らない」旨虚言を弄して手仕舞を拒否した。

(二) 被告

被告には手仕舞拒否はない。原告は、一三日は買玉について手仕舞の指示をし、翌一四日は売玉について手仕舞の指示をしたので、被告はその指示どおりの売買を執行している。

2  損害について

(一) 原告

原告が全部手仕舞を指示した平成九年一〇月一三日における売玉の値段は三万六六五〇円であり、Bが実際に売玉を仕切った翌一四日における売玉の約定値段は三万七四五〇円であり、八〇〇円上昇していた。したがって、原告は約定値段(一トン当たりの値段)に取引枚数(五〇枚)と取引単位(三〇トン)とを乗じると、一二〇万円の損害を被ったことになる。

原告は、本件提訴のため弁護士を選任し、その弁護士費用のうち一二万円は前記不法行為等と因果関係がある。よって、原告の受けた損害は一三二万円となる。

(二) 被告

争う。

3  相殺の抗弁について

(一) 原告

争う。被告と原告代理人との間で話し合いをしたのは、平成一〇年一月であり、原告代理人が一二〇万円の請求をし、被告が提案した金額は一一八万円である。原告代理人が、二万円の差額の根拠を示すよう被告に求めたところ、音沙汰がない状態になったため、本訴に及んだものである。

(二) 被告

被告は、原告代理人との間で、平成一〇年一〇月二九日ころ、本件取引によって生じた原告の損害につき話し合いをし、一二〇万円の原告の請求に対し、一一七万円の支払まで譲歩した。しかるに原告代理人は、右同日、被告の提示につき検討すると返答していたにもかかわらず、突然本件訴訟を提起した。右行為は、争訟における誠実義務に反し、権利濫用に当たる。被告は、本件訴訟のため、弁護士費用五〇万円と航空運賃六八万一六〇〇円(一一万三六〇〇円×六回)の損害を被った。被告は、本件第八回口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって、原告の本訴請求債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

第三判断

一  手仕舞の指示について

1  証拠(甲三の一及び二、六、七の一ないし五、証人B、原告本人)によれば、平成九年一〇月一三日午後二時過ぎころ、原告及び原告代理人がBに対し、原告が被告に委託している取引につき電話で直接全部手仕舞の指示をした事実が認められる。

2  被告は、一三日は原告から手仕舞の指示を受けたのは買玉のみについてであると主張し、証人Bの証言及び同人作成の陳述書(乙一)にはその旨の供述ないし記載部分がある。しかしながら、右供述及び記載部分は原告らとBとの具体的な電話での会話内容を録音反訳した記載部分に照らし、たやすく信用することができず、被告の右主張は採用できない。

3  そうすると、当時原告は売玉に見合うだけの買玉を建玉していたのであるから、原告のBに対する全部手仕舞の指示に基き、バイカイ付出しの方法により全部手仕舞をすることは確実に可能であったといえる。しかるに、Bは「ストップ高」を理由にこれに応じなかったのであるから、Bの右行為は顧客の指示に応じた適切な措置をとらなかったものとして不法行為に当たるということができ、Bは被告の社員としてその業務の執行に当っていたものであるから、被告はこれにより生じた原告の損害を賠償する義務がある。

二  損害について

1  証拠(甲一、二、四ないし六)及び弁論の全趣旨によれば、原告が全部手仕舞を指示した平成九年一〇月一三日における売玉の値段は三万六六五〇円であり、Bが実際に売玉を仕切った翌一四日における売玉の約定値段は三万七四五〇円で八〇〇円上昇していたから、原告が一二〇万円の損害を被ったことが認められる。

2  前記不法行為の態様、損害の程度に照らすと、本件不法行為と因果関係がある弁護士費用としては、一二万円が相当である。

3  よつて、原告の受けた損害は合計一三二万円となる。

三  相殺の抗弁について

1  証拠(甲三の一及び二、四、五の一及び二、六)によれば、原告代理人は原告が手仕舞の指示をした平成九年一〇月一三日以降何回にもわたって被告との間で本件紛争について交渉をしてきたが決着がつかず、本件訴訟を提起するに至ったことが認められる。

2  原告代理人の右行為は、被告主張のような、原告の請求につき被告が殆ど譲歩した回答をしていたにもかかわらず、突然本件訴訟を提起したものということはできず、原告代理人の右行為をもって、争訟における誠実義務に反し、権利濫用に当たると認めることはできない。

3  以上によれば、その余について判断するまでもなく、被告の相殺の抗弁は理由がない。

四  よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官 亀川清長)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例